連載:フードバンクの周辺

2016年

9月

28日

フードバンクの周辺⑦・・・出生証明が出ていない青年

写真と文は関係ありません(▲FBイベント「おひとりさま正月」2013/1/7)
写真と文は関係ありません(▲FBイベント「おひとりさま正月」2013/1/7)

●「ある朝、起きたら母がいなくなっていた」

「北海道で生まれた」いう松田博さん(仮名・20歳)は、本籍が見当たらない。

 松田さんが現れたのは年の瀬も押し詰まった12月25日。「所持金500円で、住むところも食品もない」と現れた。年末なので生活保護の申請も役所が休みになるのでできず、年明けまで緊急措置としてフードバンクの倉庫に泊めることにした。

 2年前に母が失踪した。「ある朝起きたら母がいなかった」と。大学受験落ちて地元(神戸)でバイトしていた6月だった。それから今日まで住み込みの飲食店などを点々としていた。自分を証明するものがないから、ちゃんとしたところに就職できなかったらしい。

●障害の母と2人暮らし。頻繁な転居

 幼少のころから身体障害の母との二人暮らし。高校を卒業するまで数年ごとに北海道、関西、四国など全国を点々と引っ越ししていたという。転居の理由はわからない。母との暮らしは困窮しており何らかの形で福祉サービスは受けていたようだ。しかし頻繁な転居のせいで彼の最後に記録をした住所がわからなくなってしまった。

 年始に生活保護も申請したが住民票・本籍がどこにあるかわからないので受理されない。卒業したと言っていた高校も、本人や支援者が調べても在籍記録が全くないことが判明した。当初は時間をかければ彼の出生地や最後に登録した住所も判明すると思って、若者自立支援のNPOの尽力で、ホテルの住み込みの仕事に就いたが、2年たった今でも彼を証明するものが何一つ出てこない。名前さえ本当なのか定かではないのだ。見た目も言葉も価値観も確かに日本人の普通の若者なのだが、ここまで本人の存在を証明するものが何もないと日本人である国籍の証明もできない状態だ。

●不運な若者

 松田さんの「出生届けが出されていない」可能性が高い。過去の記憶も曖昧なところが多くあり、心に受けた傷が過去を消し去ってしまったのかも知れない。現在働いている職場ではとてもまじめに働いているので、基本的には普通の若者の範疇に入っているのだが…。

 国籍や住所を確認できないと、預金通帳も行政サービスも納税等の権利や義務も果たせない。これから彼の同意を得て戸籍、国籍の取得から彼の主権を時間をかけて取り戻すことが必要になる。(のぼさん)

2016年

9月

09日

フードバンクの周辺⑥・・・生活保護世帯の孤立

 5月下旬、食品ほしいと電話がかかってきた。「生活保護受給者だが癌治療中で生活費が残らない」とのこと。事務所に来てもらい話を聞き、食料受け渡しするのが原則だと伝えたが、「交通費もない」というので、明日の水曜日の配送の時に食品お届けすることにした。1週間後6月上旬に再度、食料支援依頼の連絡が入り「事務所まで歩いていく」とのこと。1時間でたどり着く距離ではないのだが…。

  改めて話を聞くと、50代のFさんは娘との2人暮らし。近所での付き合いなし、親類からの支援もない。Fさんは子宮頸がんを発症し治療中。生活保護を受給し、医療費の免除も受けている。ただし生保受給前の治療費40万円を分割で払っており、これが生活費を圧迫していた。娘さんは10数年来の引きこもり。学校卒業後に就職したが職場の人間関係が原因で退職しそのまま引きこもった。kさんの治療開始後、娘さんは在宅でできるアルバイトをしているという話で、ごく僅かながら収入があるそうだ。

 一見、医療費の免除を受けているなら病院までのタクシー代も出るのではと考えるが、実際は主治医の事前承認がないとタクシー代は補助されないという。「緊急時にどうやって事前承認の手続きをしたらいいんだろう」と嘆いていた。

 

 フードバンク宇都宮では生活保護の人には原則として食品は提供しないが、いろんな理由で食品が必要な人もいる。病気、そして一時的な大きな出費・・・。でも、もっと問題なのは「孤立」である。食品の先には母の病気とともに娘の引きこもりの課題もあった。家族が外とつながっているのは生活保護の担当者と病院だけだろう。フードバンクでつながり、その先まで支援できればいいが、人手がいないのが実情だ。6月に支援してから特に連絡がない。安定した生活が送れていることを願う次第である。(ふじ)

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2013年

7月

30日

食品で縁つなぎ

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